第四回”森の教室”in札幌
対談
大森健司×石出和博

国宝・法隆寺の宮大工棟梁、故西岡常一氏。師の指導を受け、国宝薬師寺の実測調査や再建に携わった堂宮大工・大森健司氏と、西岡棟梁を“心の師”と仰ぐHOP代表・建築家石出和博。石出は駆出しの頃、薬師寺再建現場を何度も訪れ、建築のこころを西岡氏に直接指導いただき、その後、技術の継承を行うため自社の大工を送りこむなどの交流を行いました。木のこころを熟知し、木の命を建築に吹き込むことに一生をささげた棟梁の人となりや、これからの木造建築がどうあるべきかなどを語り合いました。

故 西岡常一棟梁(薬師寺西塔の前にて)
写真提供 読売新聞社
国宝 薬師寺東塔 断面図・立面図/大森健司氏提供資料より

石出 西岡さんは法隆寺、薬師寺、法輪寺の三重塔などの復興に大変尽力された名工でした。それで、いつか大森さんと、西岡常一棟梁のことを話す機会を持ちたいと思っていたのです。それが今日、実現してうれしいです。お忙しいところ、ありがとうございます。

大森 私が西岡棟梁といっしょに仕事をさせてもらったのは、ずいぶん前のことですが、そのときのことはいまでも鮮明に覚えています。ですから棟梁の話をできるのは、私にとっても喜びですよ。

石出 実は、私が建築家として現在あるのは西岡棟梁との出会いがあったからこそなのです。大森さんは薬師寺復興のときに、西岡棟梁といっしょに仕事をされたというのは羨ましいですね。

大森 私は、法隆寺や薬師寺をはじめ、多くの古寺解体を手がけられた工学博士の浅野清先生に師事しました。先生は大学で日本建築史(伝統建築)を教えるかたわら、国の文化財保護審議委員をなさっていて、文化庁が仕事をお願いするほど権威のある方でした。その先生のもとで、建築を一から勉強させていただいていたとき、ちょうど薬師寺西塔の再建話が出たのです。
薬師寺の西塔を再建するには、創建当時からそのまま残っていた東塔を実測調査する必要があって、その調査の専属助手に浅野先生が私を推してくれたのです。このとき棟梁をつとめたのが、西岡さんでした。

石出 西岡さんは代々、法隆寺などの斑鳩の伽藍(寺院または寺院の主要建築群)を守る宮大工棟梁の家系でした。「昭和の大修理」でも匠の技を遺憾なく発揮しましたが、その技術が薬師寺の復原に欠かせなかったのでしょうね。

大森 薬師寺東塔は六百トンという、とてつもない重量が載ってもビクともせず、千三百年という風雪や大地震にも耐えてきた木造建造物です。その古代の版築(基礎)にじかに触れることができて、造り方まで学べたのはとても貴重な経験でした。 西岡棟梁からは建v 築の復原痕跡の見方、調べ方以外に、人を説得させる文章の書き方、しゃべり方、立ち居振る舞いまで、実にいろいろなことを吸収させてもらいました。「最後の宮大工」と言われた人の近くで直に学べたのですから、ほんとうに感謝しています。

いまも昨日のことのように思い出す、西岡常一棟梁の薫陶

石出 私は日本の伝統的な建築が学びたくて、この世界に飛び込みました。ですから暇にまかせては、京都や奈良の茶室、数寄屋などをずいぶん見て歩きました。そんな折に巡り合ったのが、西岡棟梁がお書きになった一冊の本です。これを読んだときの、魂が揺さぶられるほどの感動は薄れることがありませんでした。それ以来、棟梁にお会いしたいという思いが日に日に強くなり、とうとう当時再建中だった薬師寺へ伺ったのです。

大森 西塔の工事のときですか、中門のときですか。

石出 確か回廊のときです。突然訪ねていった私を、西岡棟梁は快く迎え入れてくれました。そして「あなたは建築の仕事をしているというが、あなたが今つくっているものは五十年たつと、その町の文化になる。そういうものをつくらなければいけない。本物の素材をうまく生かせば美しいものがつくれる。美しいものは必ず残ります」と、言ってくださった。 千年の歴史を相手に戦いを挑んできた匠の言葉が、心の奥までずしりと響いたのをおぼえています。いまでも、心に深く突き刺さるこの言葉こそ私の建築の原点であり、私が考える家づくりの礎になりました。これがきっかけとなって、主に道産木材を活用した新しい住宅供給システムをつくりあげる原動力となったのです。

大森 本物の素材はやはり良い。とくに国産材など、地元の木は地元で使うのが一番良いと西岡棟梁も言っていました。それから、「木を命あるものとして扱い、その命を建物に生かすのが大工の仕事」、「樹齢千年のヒノキなら、千年以上長持ちする建物ができる」とも教わりました。私は毎年、国宝や重要文化財の建物調査に伺っていますが、建築に長く携わってきた私から見ても、本当にすごい技術を結集した建物を見せられると、いまさらながら感心させられます。棟梁はよく、「千三百年前に法隆寺を建てた職人の技術に、現代はまだ追いつかない」と言っていましたが、我々が造った寺や神社が長く残っていって、後世の人たちに感心されるようなきっちりした仕事をしたいと思います。

仕事の鬼が、仏の顔をのぞかせた日

石出 飛鳥時代の古代建築もそうですが、西岡さんたちが再建した建築も、千年先を見越した物づくりには脱帽するばかり。棟梁は「木はコンクリートよりも強い」というのが持論で、法輪寺三重塔の再建のとき、設計担当の竹島博士(当時、名古屋工大名誉教授)相手に議論を戦わせたのはあまりにも有名です。建築基準法などの規制を振りかざす役人や学者を、何度もしかり飛ばしたそうですが、それだけ宮大工としての誇りと信念が強かったわけですね。

大森 棟梁は自分にも他人にも厳しく、仕事には一切妥協しない人。でも、仕事を離れればとても人情味のある、義理堅い人でした。私は早くに妻に先立たれたのですが、あるとき棟梁から私の娘あてに手紙が来まして。そこには妻が生前に行った良い事が綿々と綴られていて、あなたも同じ女性だから、大きくなったらお母さんのような立派な人になってくださいと書かれていました。娘はそれでずいぶん救われたと思います。棟梁のあたたかい心遣いが有り難かった。手紙はいまも、娘の大事な宝物です。

石出 西岡さんの人柄が偲ばれるエピソードですね。西岡棟梁の仕事に対する厳しさは、国宝建築の宮大工という責任感からきているのでしょう。私が薬師寺の工事現場まで何度か訪ねた際、「設計は図面だけでものをつくるのではなく、職人さんと一緒になって、建築に命をふきこまなければいけない。そういう責任感をもって建築をやらなければならない」と諭してくれました。これがご縁になって、わが社の大工さんたちを棟梁に入門させていただきました。
ところで大森さんは、これからの木造建築はどうあるべきだとお考えですか。

本当に良いものは古びない。これから求められるのは、耐久性のある木造建築

大森 近年はプレハブやコンクリートの建物が増えてきて、木造建築の大工の技術を伝える後継者が少なくなっています。そこで私は、若い大工さんたちの技術向上と育成のための大工道場と、高度な技術者を養成するための木造伝統技術教室をそれぞれ開いています。私の指導がどこまで役立つかわかりませんが、古建築で学んだ技術を後世に伝えていければこんなにうれしいことはない。また一般ユーザーに対しても、国産材をいかに使ってもらえるかということにも力を注いでいます。

石出 持てる技術を後世に伝えていこうとする大森さんの姿勢は素晴らしい。私は十年以上前から、これまで有効活用されていなかった道産のトドマツ、カラマツなどの間伐材を加工して建築に使い始めました。それと、家を建てたときに使った分の木は植樹するなどして、森林資源の利用と育成を図ってきました。また私のところで建てる住宅は、従来の三倍の強度を持つオリジナル金物を使っているので、解体が容易です。建て替え時期がきても、解体した構造材の約八割が再利用できます。これなどは法隆寺や薬師寺など、木材を生かして再利用する方法から学んだことです。

大森 たとえば京都には、茶室づくりや数寄屋づくりに欠かせない北山杉という細い木がありますが、これを利用することで高度な建築技術が育ってきた歴史があります。

西岡さんもおっしゃった通り、地元の木材は、地元で使うのが一番適している。いわば地材地消です。私はようやく、北海道の木材を中心に国産材だけでほとんどの家を建てられるようになりましたが、これからは先人たちが残してくれた木をいかにうまく使うか、みんなで知恵を出しあって行動すべき時期にきていると思います。

大森 国産の杉やヒノキを使った木造建物は何十年も長持ちするのですから、結果的にコンクリートの建物より割安になります。一般の人には、まずそのことを理解してほしいですね。

石出 私はよく、「木造建築は年月がたつと、古くならずに深くなる」という表現を使います。私は西岡さんの言葉を胸に、五十年、六十年、あるいはもっと長いスパンで建物の命を考え、木造建築を通して、未来に住文化という遺産を引き継いでいくために、これからも闘います。大森さん、本日はありがとうございました。

宮大工棟梁西 岡 常 一

1908年(明治41年)- 1995年(平成7年)。奈良県出身。明治から三代続く、宮大工棟梁。34年から開始された法隆寺「昭和の大修理」をはじめ、法輪寺三重塔、薬師寺金堂や西塔などの復原に取り組む。途絶えていた「ヤリガンナ」などの道具を復活し、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えたことから、「最後の宮大工」と称された。74年に吉川英治文化賞、77年には「現代の名工」として労働大臣賞、92年には宮大工として初めて文化功労者に選ばれた。地元・奈良斑鳩町名誉町民。著書に『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』、『宮大工棟梁・西岡常一 「口伝」の重み』、『木のいのち 木のこころ(共著)』他。

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