石出和博のハウスドクター診察室 コラム NPO森をたてようネットワークの願い

家をたてることは、森をたてること

家づくりにおいて、私が最も重要としているのは「日本の文化となり得る家を建てる」ことです。

たった20数年で建て替えが必要な「商品としての家」ではなく、何十年にもわたり愛着をもって大切に住み続けられる家づくり。これを実現するためには、人間に優しい住宅であると同時に、地球の自然環境と共生できる住宅づくりが必要だと考えています。私が代表を務めるハウジングオペレーション〈HOP〉は、そんな思いから立ち上げた組織です。日本の人工林間伐材を使い、製材、乾燥を一括して行う産地直送システムによる家づくりを実践し、地球規模の温暖化や自然破壊、異常気象の問題も視野に入れた活動を進めています。
本物の資材を使った家、すなわち「木の家」を建てるために、日本各地の人工林を使うことで森林を保護し、建築資材を自給自足する取り組みへとつながっていきます。「木の家をたてることは、森をたてること」。森を愛し、この考えに賛同する多くの人々の力を得て、2004年NPO法人「森をたてようネットワーク」も旗揚げしました。植林から間伐、その活用までを総合的に捉え、環境共生型のネットワークを広げる。森を再生させて、古くから日本人が大切にしてきた木を使って家を建てるという文化を取り戻すのが私たちの仕事だと思っています。

山が死んでいる

現在、日本の山の30パーセントが死にかけていると言われています。山々には木があり青々としているのに、どうして死んでいくのだろうかという疑問が私にもありました。しかし本当に青々としているのは木々の先端の方で、幹内部にまで光が届かず下草がほとんど生えていないという状態で、人工林の山が森としての機能を果たしていないということが分かりました。

私の住む北海道の人工林は戦前戦後を通じ、盛んに植えられていきました。北海道には戦前、日本屈指の炭鉱があり、その炭鉱に使われる坑木生産のために、山々ははげ山になりました。国はその炭鉱に使う坑木木材のために、成長の早いトド松、カラ松を大量に植林したのです。しかし戦後、炭鉱の役目が終わると、坑木として植えられた人工林の使い道が断たれ、一部が足場丸太などとして使われる以外、ほとんど手つかずになってしまったのです。

人工林は間伐をしなければなりません。使い道のない木材は間伐すらできず放置され、日本全体の山でも、安い外国輸入材に押され、間伐のできない森が出来ていきました。建築材として使うことができれば一番いいのですが、特に北海道の人工林のトド松、カラ松は、ねじれ、ヤニが多いなどの理由で建築には向かない材料として扱われてきました。そのため、手が掛けられないで放置されている山々には、人の手で密集して植えられた木々の下まで日光が届かず、下草さえ生えることのできない死んだ地表が出来上がったわけです。山が死んでいるとは、実は土が死んでいる山のことを言っているのです。死んだ地面は水を含むことができず、雨が降ると一気に山裾に流れてしまいます。森が持っている保水力をなくし、地表まで本来の役目を果たせないでいるのです。

木を切ることが山を生き返らせる

そんな中で自分に一体何ができるのか。考え続けた中で見つけだしたのが、人工林を使うことで森林を保護する、ということ。まずは国内の木を切って山を生き返らせ、その間伐材を建築資材として自給自足する取り組みが必要だと考えました。

まずは人工林を切り開き、地表に光を届かせること。間伐はそのために絶対やらなければならない作業なのです。そのために、建築に向かないとされている人工林を建築材として利用する方法を確立することから始めたのです。

私たちは、北海道立旭川林産試験場と組んで曲がらない乾燥方法を確立しました。これにより、今まで建築材としては不向きとされてきた道産材は、逆に強度のある立派な木材としての認定をいただき、小径木は集成材に、中径木は柱材として実用化にこぎつけたわけです。これによって、戦後大量に植林されたカラ松やトド松を使い、さらに使ったら植えるというリサイクル運動としてスタートしたのです。

森林の再生で水も空気も生き返る

人工林の山に日光が差し始めると、下草が育ち、そこに小鳥たちがやってきます。周りの広葉樹の種が地表に芽生え、混合樹林として成長を始め、秋には葉を落とし、それが何年か繰り返されることで地表が生き返ってきます。山に降る雨は草木を潤し、地表は雨をいっぱいに溜めることができるようになります。木々はさらに潤い、空気を浄化し二酸化炭素を吸収します。水は小川になり川に注ぎ、海へと帰っていきます。そしてその一部が、私たちの体の中を通過するのです。

環境問題を語る時、「森を抜きにしてはならない」というのが、私たちの考えです。

文明は自然の森の存在を忘れたのかもしれません。川は疲れ、海も疲れ、魚たちも輝きをなくしています。雨は汚れ、空気も汚れ、人間の血液も汚れ、人々は疲れ、子供たちに残せる環境はどうなるのでしょうか。

今、日本の山の木を使うことが、どうしても必要なのです。日本の人工林の成長量で、日本全体の建築をまかなうだけの量が十分にあることを知らなければなりません。そして使ったらまた植えるということで、本当のリサイクルが可能な資源なのです。ですから、安いというだけで外国から木材を輸入する考え方を変えなければならないのです。

環境問題は日本だけの問題ではなく地球全体が全てつながっていて、自分たちの問題として循環しているのです。私たち一人一人ができる小さな環境運動、そこから地球全体が生き返っていくことを信じています。

真の健康住宅とは

このごろ「健康住宅」という言葉をよく耳にするようになりました。しかし健康住宅を売りにした家で、本当に健康に暮らせるのか、疑問を持たれている方も多いのが現状です。

シックハウスで苦しんでいるお客様のところへ足を運んでみて思うのは、「無味乾燥な家だなあ」ということ。家に深みがないという印象を受けるのは、使われている材料の問題だと思うのです。

内装全体がビニールクロス仕上げ。建具や家具が、印刷されたプラスチック製品で覆われ、床フローリングも見るからにピカピカした薄い合板。このような仕様の家では、そこに住むまでまったく健康住宅とは何かを意識せずにいた人でさえ、体調を崩す場合もあるでしょう。健康住宅の看板を掲げているにもかかわらず、体が不調になる住宅を生んでしまうのは、メーカーや大工さんの無知が原因なのです。

床を貼る糊、壁を貼る糊、そんな一つ一つに今、作る側の良心が求められています。なぜなら、使っている糊や建材は使ってしまうとほとんど何を使ったか分からなくなるからです。日本の住宅が大量商品として作られ、合理化を求めた結果、人が健康に住めない家を作ってしまった。日本のように森林に恵まれた国で、こんな住宅が作られるのが残念です。森林保護の観点からもそうですが、本当の健康住宅には何が必要かを考えた場合も、やはり人に優しい本物の素材を使わなければならないと思うのです。

テレビなどの報道でご存じの方も多いと思いますが、インフルエンザが蔓延した年、教室が木造のつくば市立小学校では風邪をひいた生徒が少なく、学級閉鎖が無かったといいます。静岡大学農学部の研究チームは、木にはフィトンチッドという人間の健康を促す芳香成分が含まれていると発表しています。

化学物質で作った家でいくら高気密といわれても気分のいいものではないと思います。自然に近づくこと、それが健康住宅の第一歩と私は考えています。高気密・高断熱でそれができなければならないのです。私の場合、それを求めていったら、先に述べたように最終的には木材や建材の産地直送に行き着きました。

木には不均一な節目があり、木目があります。また土壁や塗壁、布クロスなどの自然素材は目に優しく、そんな自然のもつやさしさがゆらぎ効果となって、リラクゼーションを生む空間を作ります。そんなところで健康に、気持ちよく暮らすことができたなら、子供ものびのび成長することができるでしょう。

環境に優しい家づくりを

私が環境を意識するようになったのは、私自身も子供たちにもアレルギー体質があったためでした。子供たちが小さかった頃、新築のマンションに引っ越しましたが、そこで自分もアレルギー性鼻炎に悩まされ、子供たちはアトピーで大変でした。そこで1週間くらい実家の田舎に帰っていると、症状が良くなり、これは建物のせいではないかと気になりだしました。その頃はまだ新築病とか、シックハウスとかいうことはいわれていなかった時代です。

以来気持ちのいい空間か、そうでない部屋か、室内に入ったとたんわかるようになりました。ですから、建築には木を多く使い、壁には漆喰や土壁を塗り、天然木を多く使い、時には木炭を床に敷いたり、換気のための工夫をするなど、気持ちのいい住まいづくりを心掛けてきました。一時、土壁を塗ってくれる左官屋さんがいなくなって、「時代遅れなことをまだやっている」などと人から言われたりしましたが、この頃、日本人が行っている東南アジアの森林の伐採による環境破壊問題がテレビで放映され、日本人の感覚が自然から離れていっていることに気付きました。

私は北海道の芦別市の生まれで、森林の中で育ちました。芦別から生産されるナラ、センは世界一の品質を誇り、ほとんど日本で使われずにイギリスなどの皇室の高級家具の材料として輸出されているという話を聞いていました。そこで、せめて内装材だけでも道産材の真物の板を貼りたいと、芦別の林産組合や道の林務部へ掛け合っていたのが徐々に実を結び、内装材だけでなく、構造材の柱や梁にも戦後大量に植林されたカラ松やトド松を使うことができるようになったのです。その後もこの章の初めに紹介したような、構造材をリサイクルできる工法が、認定を受けHOP工法として使われています。

大量消費を前提としない、人間に優しい住宅建築、地球の自然環境と共生できる住宅、私の目指す住まいづくりはそんなことを基本としているのです。

私たちは、植樹活動を通じて、森をたてる活動を実践しています。これまでに、北海道芦別市・札幌市定山渓などで1万本の植樹を行っています。ただ植樹するだけでなく、小さな苗木がしっかりと根付き、成長することを見守ります。

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