遺芳庵写し 一畳台目向板逆勝手席

リプラン 雑誌掲載 お点前ちょうだいいたします

「お点前ちょうだいいたします」その職人さんは茶碗を手に取ると左手にのせ、一、二度と廻してから、ゆっくりと口に運んだ。
こんどは親指と人差指で茶碗の口をつまんで拭くと、懐紙で清めた。そして両ひじをひざの上に付いたかたちで茶碗を手に取って眺めると「唐津ですね」とたずねた。
その様子をうつむきながら、左目で追っていた私は、穴があったら入りたいほど恥ずかしい思いで赤くなった…。
建築をやっていると、どんな物でも作れるような顔をしていなければならないところがある。二十年ほど前、茶室の建築の依頼を受けた。八畳広間と、三畳小間、それに路地と前室を持った本格的なものだった。

水の茶室 一畳台目

使い勝手は主である先生の考え方があったが、躙り口の寸法や、その納まり具合といった詳細はなにひとつわかっていなかった。しかし出来ると言った以上、何度も京都へ内緒で寸法を取りに出掛けていった。
おかげで設計料のほとんどは旅費に消えたが、やっとの思いで完成した茶室は満足のいく作品となった。
数日後、打ち合わせの為たずねていった私を、先生は一服どうぞ、と誘ってくれたのである。
たまたま襖の手直しに来ていた職人さんも一緒にということになった。
お楽にどうぞ、と言われてあぐらをかいた。先に出されるまま、味噌汁でも飲むような手つきでおっかなびっくり飲んだ。
次にきのうまで私の我がままを無理やり押しつけていた下請けの職人さんに出されたのだった…。
茶のいただき方さえ知らない、知ったかぶりの設計者と、茶道の心得を身につけた謙虚な職人さん。その日の出来事が今でもはっきりと思い出されて、そのときから物づくりに向う心の姿勢が変わったように思う。

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