[対談]Dr渡辺和彦×石出和博(HOP通信) シックハウス研究の第一人者
Dr.渡辺一彦と語る。
健康に住まうために、今考えたい、大切なこと。

シックハウスや引っ越し鬱病。家と健康の深い関わり。

石出 渡辺先生は日本のシックハウス研究の第一人者として、ひんぱんにテレビなどに登場されておりますね。シックハウスというのは昔からある病気なのでしょうか?

渡辺 90年代からでしょうか。ただ、シックハウスは精神科や神経内科に行くと「引っ越し鬱病だ」と言われてしまうことが多いのです。引っ越し鬱病というのは昔からある病名ですが、引っ越しで環境が変わったり、心労が重なって起こるものです。

石出 シックハウスと引っ越し鬱病の症状は似ているのですか?

渡辺 どちらも、体がだるいとか頭痛がするとか、物事が考えにくくなるとかですね。

石出 私は長いこと「ハウスドクター」として住まいに関する悩み相談を受けてきました。その中で「新築した家に引っ越して半年ほどになるのですが、どうしてもこの家がイヤでたまらない」というご相談を何度か受けたことがありました。家のどこかに欠陥があるかと思って伺いましたが、特に不備がない。ハウスドクターの相談内容の分類では、特に原因がわからないので「その他」に分類していました。

渡辺 診断の上でも盲点なんですよ。シックハウスは、症状だけなら「引っ越し鬱病」と似ていますから、その症状の背景、発症に至るまでの経過をきちんと診きれないと、誤った診断になってしまう。逆に「私はシックハウスです」と言って受診する人の中にも「引っ越し鬱病」の方がいます。病名をつけられてしまうと、病名だけが一人歩きしてしまうところが恐いところですね。

石出 先生はそういったシックハウスなどで悩んでいる方を支援する「北海道アトピー環境研究会」の代表ですよね。

渡辺 ええ。化学物質過敏症も含めて、シックハウス症候群というものがこれほど一般的なのに、いまだ国からは、病名・診断についてのガイドラインが示されていないんです。建物についてはガイドラインが出されているのに、診断については診断基準そのものがないのです。その上、この病気の方は病状が多彩なのが特徴です。どこかでしっかりした基準を作って、対応をするべきだと思っています。

石出 研究会ではどのような活動をしていらっしゃるのですか?

渡辺 医師を中心とした、患者さんとの相談業務、ほぼ月1回の学習会・例会、啓発のための講演会が主な活動です

石出 すべてポランティアでなさっているのですか?

渡辺 そうです。受診してくれた患者さんの中で、この患者さんはシックハウスなんじゃないだろうかと思ったときに、研究会の関係者でそろって測定に行きます。ダニやカビなどの原因となるものの測定、空気質の測定、建築家の目から見た建物の検討、いままでの経過を総括する医者の目など、総合的な見方をするわけです。みんな手弁当で行くので、札幌近郊が中心になってしまいますが(笑)

石出 ユニークな活動ですね。研究会の関係者というのは、どのような方々で構成されているのでしょう。

渡辺 医師、室内環境の研究者の方、建築家・患者さん、などが集まった異業種集団です。学校の室内環境の問題では「シックスクール」といって、新しく建てた学校で子どもたちがシックハウスと同じ症状になってしまうといったことの防止をめざして、札幌市や道の教育委員会などにもさまざまな提言をしてきました。市民向けの講演会なども行っています。シックハウス、シックスクールに悩む方たちにとっては、認知度の高い団体といえるかもしれませんね。

省エネで広まった、高断熱住宅、高気密住宅の落とし穴。

石出 私はNHK文化センターの「住まい塾」なども担当していまして、京都でも建築に関するご相談を受けていますが、シックハウスと思われる相談件数がとても多いんです。もともと京都の建築というのは風通しの良いものが多く、シックハウスとは縁がなさそうなのですが、最近は状況が変わってきていますね。

渡辺 京都の家は徒然草に出てくるような、住まいは夏を旨とすべしという、風通しの良い造りですよね。

石出 そうです。ところが最近は、高断熱によって夏の暑さを遮断するという発想の家が大量に増えてきて、いろいろな間題が起きています。換気については、「窓を開けたらいい」という程度の考え方しか持っていない業者さんが、まだ多いんですね。

渡辺 シックハウスは、1992年頃から、「省エネ・高気密」というようなことを建設省などが言い出してから、とても増えてきました。

石出 換気に対する認識が不十分なまま、高気密で家を建て始めた。それから問題が大きくなったんですね。

渡辺 そうです。シックハウスは、省エネということで気密を優先させた北海道の住宅から始まったと言ってもいい。現在の北海道の住宅は換気について注意が払われるようになってきましたから、新築でのトラブルはだいぶ減ってきましたが、北海道以外の地城では問題が残ってしまいました。

石出 結果的には、北海道から発信した高気密住宅で、日本中にシックハウスを広めてしまった、これはショックな話です。

あまりにもシックハウスの相談件数が多くて、とても応じきれないほどの状況には、私もとてもびっくりしています。

渡辺 換気についてのきちんとした認識がなかったために、大変に不健康な家が日本中に広まってしまいましたね。

1990年代は、ビニールクロスを接着剤で張って、建材も見栄えだけで、大工さんの手間のかからない安易な建材が増えた時代です。北海道は建材についても、きちんとした考え方をするところが増えてきたので、新築に関するシックハウスは減ってきています。

ある日、突然発症する化学物質過敏症・シックハウスの怖さ。

石出 先生は今までにずいぶんたくさんのシックハウスの患者さんを診てこられたんですね。

渡辺 かなりな数にのぽります。診療してわかったことは、どんなに有名なメーカーであっても、シックハウスにかからないという保証はないということです。いくら超有名メーカーといえども、私が診た患者さんたちの中で、シックハウスの患者さんがいない会社はほとんどありませんよ。

石出 そうなんですか!?

渡辺 大手のメーカーを相手に裁判を起こしている方もいます。幸い、HOPさんで建ててシックハウスになったという患者さんには、私は会っていないのです(笑)

石出 そうですか。裁判となると大変ですね。

渡辺 検出される化学物質は、常に一定なわけではありません。新築当時は高濃度で、そのあとはだんだん濃度が落ちていきます。ですから、シックハウスの原因物質が特定できたとしても、発症当時、原因物質がどのくらいの濃度だったかについては、あとからではわからないんです。

それだけではありません。シックハウスは化学物質過敏症の一種ですが、一度過敏症になると、今度は検出基準値以下でも症状が出てしまうんです。

石出 すると、一度過敏症になった方は、今度はわずかな濃度でも症状が出てしまうんですか?

渡辺 そうです。一度過敏症になると、体は基準値以下でも敏感に反応するんです。測定器よりも過敏に反応するので、人間検出器のような状態です。

石出 うちの会社でも3年前から、引き渡しの前日に数種類の化学物質について測定をして、そのデータを記録しています。どの測定値も基準値をかなり下回っています。それがかえって心配なんですが(笑)、先生、うちの測定のしかたは間違っていませんか?

渡辺 HOPさんの測定のしかたは、基本的には厚生労働省の基準どおりですよね。30分開放して、6時間なら6時間ぴたっと密閉して。その間、換気扇は回していてもいい。測定に使っている機械もオーソドックスなものです。

石出 ああ、良かった。大丈夫ですね(笑)。というとは、建材をきちんと吟味して使用すれば、数値はかなり下げられるということですよ。こういうことをきちんとやっていくということは、お客さんに対する責任ですものね。

渡辺 そうです。大事なのは、新築直後の一番高濃度なときなんです。そのときにほんのわずかでもガイドラインを越えていれば、あとで濃度が下がっても発症のリスクは下がらない。最初の段階でいかに負荷をかけないか、いかに低い値に収めるかということが大切なんです。

シックハウスというとホルムアルデヒドだけだと思う方が多いのですが、原因はホルムアルデヒドに限りません。代替え品のアセトアルデヒドでも同じです。

石出 ホルムアルデヒドは酸化すると蟻酸(ぎさん)になって、これも猛毒だと聞いています。蟻酸になると、ホルムアルデヒド自体の濃度は数値的には下がるんですよね?

渡辺 そうですね。ただ蟻酸は中間産物で、その直接作用はあまり問題になっていません。北海道は6年くらい前に消費者協会か何かで調べたときは、ホルムアルデヒドの濃度が基準値を超えていた新築が4割ありました。それが昨年あたりは1割程度にまで下がってきている。しかしある調査では、東北はまだ4割が基準値を超えています。まして、向こうは高温多湿ですからもっと症状が出やすいんです。

石出 ホルムアルデヒド以外にもいろいろありますね。

渡辺 いわゆる接着剤や塗料などの有機溶剤ですね。これらの数値は1カ月ほどで下がりますが、最初に高濃度だと、やはりそこで過敏症になってしまいます。ですから、とにかく最初から数値の高い家に入らないことです。

建物や家具、そして暮らし方を考え直す時がきた。

渡辺 過敏症のリスクは家だけ見ていてはダメだと思いますよ。たとえば家具やシステムキッチンなども、同じように考えるべきですね。どんなにいい家を建てても、新しく買った家具に化学物質がたっぷり染み込んでいたりしたら大変です。

石出 建物本体だけを見ていてもダメなんですね。確かに、家具を見に行って、くしゃみが止まらなくなったり、目が痛くなることがあります。

渡辺 その時点で異変に気づかなければダメなんです。実際にうちの患者さんで、通信販売で本棚を購入して、たった1日で化学物質過敏症になってしまった方がいます。

石出 1日ですか?

渡辺 たった1日です。その人はそれ以来、香水も排気ガスもタバコも洗剤も、みんなダメです。

石出 怖いですね。私たちはこういう現実があるということを、知識としてしっかりと持っていなくてはなりませんね。

渡辺 そうです。この病気は他人事ではないんです。昨日まで何ともなかった人が、次の日にはどかんと発症して、そのあとは長く過敏症のままで暮らすことを余儀なくされるんです。

石出 個人差はあるのでしょうか?あるいは男女差ですとか、年齢差ですとか。

渡辺 大人と子どもでの発症の差はありません。しかし、大人の中では8割が女性に発症します。子どもの場合はもともとアレルギー体質の子が発症しやすい。大人はそういうことに関わりなく、男女比が2対8で女性に発症します。

石出 8割ですか!女性にとっては困った問題ですね。まして新築直後であれば、気分が悪いなんて言い出しにくいですね。

渡辺 ええ。夫婦関係にひびが入りますよ。男は発症しにくいんですから、「せっかく建てた家に、何か不満でもあるのか?おまえは大袈裟すぎる」ということになってしまう。

石出 家にいる時間は女性のほうが長い場合が多いですから、当然発症のリスクも高いということになりますね。

渡辺 そうです。しかも医学的には診断基準も確立されていない病気なのですから、どこに行ってもなかなかきちんとした診断をしてもらえない。

石出 私たちはこういったことの知識をきちんと学んで、身につけておくべきですね。

渡辺 以前私は、ある新聞社の記者に「モデルハウスを回ったときに目がチカチカしたり頭痛がしたりといった、何らかの過敏症の兆候が出る人はよほど気をつけて家を建てないとダメです」という話をしたことがあります。その話を聞いて、その記者さんが実際にモデルハウス回りをしてみた。そうしたら訪問先のモデルハウスで具合が悪くなって発症したという事例もあるんです。その人はまったく過敏症の兆候のない人だったんですよ。

石出 いつ、誰が発症するかわからないのですね。

アレルギーの病気の人は増えてきているのでしょうか。

渡辺 ぜんそくやアトピーにしてもこの20年で415倍になっていて、いまや国民の3分の1がアレルギー疾患で悩んでいます。そして、私が園医をしている保育園でアンケート調査をしたら、大人で2割、子どもで1割に明らかに化学物質過敏症の兆候が見られました。

石出 昔はそんなにアレルギーの人はいなかったのではないでしょうか。

渡辺 そう。でも今や私たちは何万種類という化学物質にまみれて暮らしています。化学物質の氾濫でアレルギーの人は今後も増え続けるでしょう。私たちは発症するぎりぎりのところで生活しているのかもしれません。

石出 HOPでは家を建てることで、建てた方に幸せに暮らしていただきたいと思っています。でもそのためには、建てる方たちにも、いろいろなことを学んでいただく必要がありますね。

渡辺 そうです。さっきの通信販売で本棚を買った患者さんだって、まさか自分がこんな目に遭うなんて思いもよらなかったはずです。みんな他人事だと思っているけれども、他人事じゃない。今や国民の何割かは潜在患者なのですから、日ごろから自分で気をつけていないといけない。家そのものと生活スタイルをうまくドッキングさせて、化学物質まみれにならない暮らし方を考えなくてはいけない時期にきています。

石出 そうですね。トータルでそういったことが実現できる家造りをめざしたいと思います。本日は大変に有意義なお話をどうもありがとうございました。


医師・渡辺一彦 さん

渡辺一彦小児科医院院長。前勤医協札幌病院小児科科長。アレルギーを専門として研究、 道内のシックハウス研究の先駆的研究者。診療・治療活動のほか、研究団体での講演活動、 「北海道アトピー 環境研究会」の会長を務める。

渡辺一彦小児科医院
札幌市白石区本通1丁目南1-13 雄健ビル2F TEL.011-865-8688


HOP代表・石出和博

建築家。ハウスドクターとしてNHK文化センター主催「住まい塾」、雑誌「リプラン」などで活躍中。NPO法人森をたてようネットワーク理事長。著書にフォトエッセイ集「こころ紀行」。


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