「緑の時代」をつくる 天野礼子 著 ”森を建てる”建築家

北海道・「ハウジングオペレーション」社長
石出和博さん(58歳)

昨秋、石出和博さんは、ふるさと芦別のカナディアンワールド跡地に220本の広葉樹を植 えた。建築家石出さんが理事長で、石出さんのデザインで家を建てた施主さんたちが森づくりを続けてゆくために作られたNPO法人「森をたてようネットワーク」は、これまでに1万本 以上の植林やシンポジウムを続けてきている。

北海道の芦別は、戦前戦後を通じて、三井、三菱、住友の三大本州財閥が炭鉱を造った町だった。中学・高校時代の石出さんは、アルバイトにカラマツを植えていた。炭鉱の坑道に使うのに、堅く成長の早いカラマツが求められていたからだ。その炭鉱が撤退してしまうと、カラマツ林は間伐もされずに放置された。

石出さんは9年前に、芦別の森林組合の人々と話し合い、「森」で食っている製材工場と、 ふるさとの森の材を建築材として自分で使ってゆくシステムを作りあげた。

北海道産業短期大学建築学科を卒業後、アサヒビールに入社していた石出さんは、海外派遣で渡米中に、アメリカ人から「日本はすぐれた建築様式を持っていた歴史をなぜ生かさないのか」と問われ、帰国後、退社して、茶室建築を手がけていた藤田工務店に入社し、建築家をめざした。1971年に科学技術長官賞を受賞し、89年には設計事務所「アトリエアム」を設立し、96年には道産材活用システム「ハウジングオペレーション」も立ち上げて、国有林がほとんどの北海道で、人工林間伐材を建築に使ってゆく工夫をつづけてきた。

これまでは国産材の家を建てるというと、大工さんが天然林にこだわり、それは材料費もべ らぼうに高かった。だから「国産材天然林の家は高い」と、輸入材で家を建てることも流行した。しかし施主さんは、自分から人工林や間伐材がいやだといったわけではない。誰でも海外の森林を不法に破壊することなく、気持ちの良い材でなるべく安く家を建てたいのではないか。

そこで石出さんは、「50年以上本当に持つ家を安く建てるくふう」をしてきた。道立林産試験場の協力を得て、北海道の人工林に多いがこれまではネジレが大きいので使いにくいといわれてきたカラマツの、割れやネジレを防ぐ乾燥法を確立したのだ。それとともに、50年という北海道の人工林の育つサイクルに合った耐久性を持たせるために、柱や梁など接合部分に使う特殊な金具も開発してきた。これらのくふうが、一軒一軒に建築家として特別なデザインを考える石出さんの建築を、普通のサラリーマンの手に届く価格にしてきた。

ふるさとの森が放置されていたことに長く心を痛めてきたが、ようやく手を貸せる状況が作り出せた。

50年サイクルで人工林を有効に使って、間伐材で家を建てるごとにその分をあらたに植林 してゆくと、50年後にはその材が成長してまた使える。この循環”によって自然とのバランスが確立する。それを可能にするために、NPO法人「森を建てようネットワーク」も二年前にたち上げ、1年目はふるさとで作り上げた木を使うシステムで協働する製材所のメンバーの協力を得て、石出さんのデザインで家を建てた施主さんたちとの植樹活動を行った。

昨秋あらたに220本の試験木を植えたカナディアンワールドとは、炭鉱で石炭を露天掘り した跡地に作られたテーマパークだった。しかし150億円も投資して造られたその「赤毛のアンの里」は、すり鉢状で、森もない魅力のないところだったので、10年でたちゆかなくなり、それから18年たっている。2004年、このカナディアンワールドの隣の山を産業廃棄物の処理場にする計画が持ち上がった。反対運動が起きて、産廃計画に手を挙げていた芦別市はいちおう断念したが、いつ計画が再浮上するか不安だ。

そんな時、石出さんはニコルさんと出逢って、ニコルさんのふるさとウェールズの炭鉱跡地のボタ山が森に蘇った話を聞いた。

「カナディアンワールドは炭鉱の跡地だから植えても根付かないと忠告されましたが、それでも私は植えてみたい。今年根付かなくても、また植えます来年。本州の財閥企業がやってきて、石炭を掘り尽くしたら、この土地を見捨てていった。そこへまたデベロッパーがやってきて、地元に150億円も使わせた。カナディアンワールドは悲しい歴史を繰り返した場所です。誰もここへ森を再生しようとせず、ゴミの捨て場にされるかもしれない。

北海道は、森林率が七割を越えています。この森がしっかり活用できれば、北海道経済が活 性化することは間違いないのに、だれもそれを夢中でやる人がいない。

しかし私は、夢中でやります。一軒の家を建てることから、森を建て、続けます。その象徴 として、何年かかってもふるさとのこの炭鉱の跡地に木を植え続けます。どうか応援してください」

「赤毛のアンの里」の小さな教会で誓われたこのスピーチは、満場の拍手で支持された。

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