HTML5 Webook
88/240

ちょっとしたつまみ方、返し方でラインが決まってくる。本当に0・01㎜という微妙な違いなんですけれど、それだけで、全然ラインが違ってくるんですよ。石出 代々受け継がれてきた手の形が、作品の出来を左右することもある?藤原 それはあるかもしれませんね。いい焼物もいい住まいも新月が鍵を握る石出 この時期の作品制作はどのように行われておられるのですか? 藤原 私の場合は春に近い冬とか、秋に近い夏に焼いています。縁起をかつぐものですから、新月に火を入れられるように、その日までに全部成形して、窯詰めを済ませるようにしています。石出 では、月の満ち欠けに合わせて制作しているんですね。藤原 ええ、そうです。石出 それは驚きました。建築にも通じるものがあって、新月に切った木は、腐らず、長持ちすると言われているんです。ヨーロッパでも言い伝えがあるんですけれど、私は実際に、北海道の間伐材で実験したことがあります。新月に切ったものと、そうじゃないものを放置して比べたことがあるんです。そうしたら、新月に切った木は腐りが遅い。だから、新月に切った木だけで建築や家具を作ると長持ちするんです。焼物も、建築も、本物は自然の摂理に左右されるんですね。藤原 呼吸しているものは同じなのかもしれません。私は、四季とか、自然の摂理の中で、どう自分を表現すればいいのか、よく考えます。本当は、何も考えなければ、いいものが作れるのかもしれませんが、変にプロ意識があって、単に作って焼くということはできない。つい考えてしまうんですよ。で、せめて、自分のイメージの7割くらいには出来上がってほしいと思いながら作る。あとの3割は、窯から出したあとに、お使いいただく皆さんに育ててもらって完成させてもらえればいいって思っています。そういう考えって、ありませんか?石出 住み手に渡したあと、家を育ててもらいたい、という気持ちはありますね。ただ、私は住まいをつくってお渡しするときは、100点では失敗だと思っているんです。予定通りではなく、120点ではじめて成功。材料も、デザインも、ワクワク感を限界まで高めていって、お客様に「予想以上」って驚いていただきたいんです。器はしまっておくものではなく使うもの石出 今後の目標というか方向性はあるんですか?藤原 備前焼はずっと田土を使ってきたわけですけれど、最近、だんだん田土が減ってきているんです。備前でも9割くらいの作家が山土を使っているのが現状です。私は幸い、祖父や父が残してくれた田土があっ備前焼の歴史について1000年以上火が絶えた日のない焼き物備前焼の歴史は古く、5世紀後半頃に朝鮮の陶工たちによって日本に伝えられた須恵器をルーツに持つ。室町時代には、より実用的で耐久性を持つ日用品が多く焼かれ、人々の生活を支えた。例えば、備前の摺鉢などは、「備前の摺鉢投げても壊れん」と称され、高級品だったとされる。備前の器は、水が腐らないことでも評判だった。戦国時代、激しく抵抗した多くの城や寺では、備前の水甕を多く置き、籠城戦に備えたといわれる。備前焼のすごさは、実用性だけではない。媚びたり飾ったりしない素朴さは、茶道の「わび・さび」の感性と通じるものがあった。桃山時代には、茶人たちを虜にし、茶器の名品も多く生まれた。中世、備前焼は、瀬戸、常滑、丹波、信楽、越前とともに日本を代表する六古窯の一つに数えられた。低迷期もあったが、昭和になって金重陶陽が奮起し、桃山備前を復興した。あとに続く藤原啓や山本陶秀らは伝統を引き継ぎながら、独自の志を注ぎ込んで備前焼を発展させ、今日まで伝えてきた。約1000年の歴史の中で備前の街の窯から火が消えた日はない。086Fujiwara Kazu / Ishide KazuhiroDialoguechapter 2

元のページ  ../index.html#88

このブックを見る